5 .epilogue / あとがき

〜 2ストロークエンジンの環境性能、技術開発とその行く末 〜

1990年代に入り環境問題が深刻化すると、様々な分野で環境汚染物質の排出規制が行われるようになりました。
このような風潮の中、オートバイについても例外なく環境性能の向上が求められるようになりましたが、2ストローク(以下2st)エンジンについては、その基本構造が抱える問題として、新気の吹き抜けや、混合気と一緒にエンジンオイルを燃焼させなくてはならないといった弱点があり、より一層厳さを増す排出ガス規制への対応に各メーカーは苦慮していました。

その後も根本的な解決策は打ち出されず、2stマシンの廃止がより現実味を帯びてささやかれはじめた1990年代半ば頃、ついにメーカー側にいくつかの動きが見られました。
その筆頭となったのが、1997年に "CRM250AR" をリリースしたHONDAです。

ホンダは「AR燃焼(Activated Radical Combustion)」という燃焼改善技術を開発し、このCRM250ARに実装しました。この技術に関する詳しい内容を知りたい方はこちらのサイトをご覧ください。
簡単に説明しますと、従来では当然に「消す」方向へ技術開発を進めるものと考えられていた”自己着火現象”をむしろ積極的に利用することで、燃焼効率を向上させる技術です。
4stエンジンとは異なり、吸気と排気がはっきりと区別されて行われず、吸入された混合気がシリンダ内に均一に拡散しにくい2stエンジンでは、自己着火により、スパークプラグによる点火ポイント以外の各点において着火させることが、むしろ燃焼効率の向上に繋がるようです。
「シリンダー内の残留ガスと新混合気を積極的に混ぜ、残留ガス中の活性化された(= Activated )遊離基(= Radical )を利用して自己着火を発生させる」ことからAR燃焼と名付けらました。

もちろん前述したとおり、自己着火現象は2stエンジン特有の不整脈を引き起こしたり、プレイグニッションによりエンジンにダメージを与えたりする原因にもなり得ますから、この制御技術がネックになっていたのでしょうけれども、そこに逆転の発想で着眼し、きっちり実用化にまでこぎ着けるホンダの技術力の高さには、ヤマハファンながらも感服せざるを得ません。

一方ヤマハも「YCLS(Yamaha Computerized Lubrication System)」というオイル消費量低減を目的とする技術を開発し、、DT200WRの後継機種 "DT230 LANZA" に搭載しました。(※98年型、つまり2型から採用)
詳しい内容は、LANZAオーナーでなくとも必見のこちらのサイトを見ていただきたいのですが、オイル吐出量を電子制御するシステムを採用することで、一般的には1,000km/Lといわれているエンジンオイル消費量を、1,500km/L 〜2,500km/Lにまで引き下げることに成功しました。
余談ですが、私のDTのオイル消費量は600〜800km/Lですので大変うらやましい限りです…。

ところがこれらの新技術をもってしても、2stエンジンの環境性能を根本的に改善するまでには至らず、ついに1999年(平成11年)の排出ガス規制を期に、コンペティションモデル以外の2stマシンはスクーター等を除いてほぼ姿を消してしまいました…。

最近では更に、コンペティションモデルにも4st化の波は訪れ、WGPなどのロードレーサーではすでに4stへの世代交代が始まり、最後の牙城であったモトクロッサーですら、環境問題にうるさいアメリカにおいては一部のコースでの、レーサーを含む2stマシン全般の走行が規制されるに至り、2006年モデルからホンダが2stモデルの発売を終了するなど、確実に2stマシンは絶滅の道をひた歩んでいます。

…2stエンジンとは本質的に、衰退する運命を負った存在だったのでしょうか。

そうではないと私は考えます。
あれほど環境に悪いと嫌われていたディーゼルエンジでさえ、今ではむしろエコ・エンジンとして注目を浴びているくらいでして、メーカーの技術力、開発力は底知れないものがあります。
2stエンジンも時間とお金をかけさえすれば、環境基準を満たすことは十分可能であったはずです。

ただ、メーカーも市場原理に基づき生産活動を行っています。時間や金という限りある資源を目一杯活用して、利益を出すために努力しています。
その原理の下で、単に2stエンジンよりも4stエンジンの方が将来的に有望であり、人材 ・金 ・時間といった資源を節約できる、有効利用できると判断されたに過ぎないということでしょう。

それでは今後、2stエンジンが復活する可能性はあるのでしょうか?

2stバイクオーナー、そして2stファンとして言いたくはないのですが、その可能性はかなり低いと言わざるを得ません。大変悲しいのですが、これが現実であり、受け入れなければならい事実です。

しかし、私たちにもできることはあります。それはこのバイクを長く、大切に乗り続けていくことです。
復活が無理ならば、今あるものを維持していくしかありません。
名車と呼ばれているバイクは発売から数十年が経ち、メーカーからパーツが供給されなくなってもオーナーの愛に支えられて、今でも現役で走り続けています。

自分のバイクに愛着を持ち続けること。
これこそがDT200WR、そして2ストロークエンジンの火を絶やさないためにとるべき唯一の、そして最良の方法ではないでしょうか。


「DT200WRについて」 −終わり−